深夜便で始まる、パリの一日
― 5月末、光の街を歩く ―
相方は、昔からJALが好きじゃない。
理由を深く聞いたことはないけれど、
ヨーロッパへ行くとき、彼女が選ぶのはいつも決まっている。
スカイチーム・エールフランスの深夜便。
夜に日本を発ち、機内で眠り、
早朝のパリに降り立つ。
このリズムがいいのだと、彼女は言う。
実際、パリの朝は、特別だ。
まだ空気が冷たく、街が完全に目覚める前。
時計を見て、「もう着いたの?」と思う頃、
一日はすでに始まっている。
ホテルはパリ1区、オペラ座の近く。
立地の良さは、今回の旅の静かな味方だ。
チェックイン前でも、迷わず荷物を預けられる。

身軽になって、すぐ歩き出す。
この時間帯のパリは、人が少ない。
観光地というより、日常の延長線にいるような感覚。
オペラ座を背に、
そのままルーブル美術館へ向かう。
建物のスケールは相変わらず圧倒的なのに、
朝の光の中では、不思議と柔らかい。
ガラスのピラミッドも、
まだどこか静かで、主張しすぎない。
今日は中には入らない。
「抜ける」だけでいい。
そのまま歩いて、セーヌ川へ。
水面に反射する光が、少しずつ強くなる。
5月末のパリは、緑が一番美しい季節だ。
川沿いを歩く。
ベンチに腰掛ける人、
ジョギングをする人、
通勤途中のような表情の人たち。
観光客としてここにいるのに、
街のリズムに溶け込んでいく感じが心地いい。
足元は歩ける靴、
シルエットはシンプル。
「おしゃれしすぎない」が、今の気分に合っている。
シテ島に渡るころには、
街は完全に目を覚ましていた。
それでも、慌ただしさはない。
ノートルダム大聖堂の前で立ち止まる。
修復中の姿も、もう見慣れた。
完璧ではない姿が、
今のパリを象徴しているようにも思える。
午後、列車でシャルトルへ向かう。
パリに滞在しながら、
少しだけ外へ出る選択。
シャルトル大聖堂の青は、
写真で見るより、ずっと深い。
光が差し込むたび、色が変わる。
言葉が少なくなる時間。
イタリアを旅してきたからこそ、
この「違い」がよく分かる。
石の重み、光の扱い、祈りの形。
ヨーロッパは、国ごとに空気が違う。
夕方、再びパリへ戻る。
一日が、信じられないほど長い。
それでも、疲労感より、
「得した」という気持ちの方が勝っている。
深夜便で来て、
丸一日を丸ごと使う。
相方がこのフライトを選び続ける理由が、
少し分かった気がした。
パリは、
構えなくても、ちゃんと美しい。
歩いて、眺めて、立ち止まって。
それだけで、旅になる街だ。



