デルフトとユトレヒト、静かな水辺で自分に戻る

ゴーダのマルクト広場を離れた翌日、私は少しだけ人の少ない街へ向かうことにした。
チーズ市の賑わいが嘘のように、列車は静かに平原を走り、窓の外には整然とした運河と緑が続いていく。
デルフト ― 青の街で立ち止まる
デルフトは、思っていた以上に小さく、そして落ち着いた街だった。
駅を出てすぐ、運河沿いの道を歩く。水面に映る煉瓦の家並みと、低い空。
観光地でありながら、どこか生活の匂いが残っている。
フェルメールが生まれ、そして生涯を過ごした街。
デルフトブルーの陶器が並ぶ店先を眺めながら、
「この青は、主張しすぎない強さなのだ」とふと思った。
教会の鐘の音が遠くで鳴り、
カフェのテラスでは地元の人が新聞を読んでいる。
誰にも急かされず、誰にも見られていない時間。
一人旅の良さは、こういう“何も起こらない瞬間”にこそあるのだと感じる。
ユトレヒト ― 運河の下にある街
午後、列車でユトレヒトへ。
アムステルダムほど知られてはいないが、オランダ最古級の街のひとつだ。
ユトレヒトの運河は少し不思議だ。
水面より一段低い場所に、倉庫跡を改装したカフェや散策路が続いている。
階段を下り、運河と同じ目線で歩くと、街の音が一段静かになる。
石畳を踏みしめながら、
これまでの旅、仕事、選択してきた道が頭をよぎる。
後悔ではない。反省でもない。
ただ「よくやってきた」と、自分に言える時間だった。
ドム塔を見上げたとき、
高くそびえる塔よりも、その影の長さに心を奪われた。
人生も同じで、積み上げた高さより、伸びてきた影のほうが語ることが多い。
次の街へ向かう前に
夕方、運河沿いのベンチに腰掛け、
風に揺れる水面をしばらく眺める。
誰かと来ていたら、きっと話していただろう。
でも今日は、一人でよかった。
オランダの街は派手ではない。
けれど、静かに人の内側を映し出す力がある。
次はどこへ行こうか。
そう考えながら立ち上がったとき、
旅はすでに、次の章へ進み始めていた。



