路地の先に、小さな灯り

― ヴェネツィア、海沿いのバールで過ごす夜 ―

ヴェネツィアの午後は、気づくと夕暮れに変わっている。
地図を見てもよく分からない、入り組んだ路地。
「たぶん、こっちで合ってるよね」
そんな曖昧さすら、この街では楽しい。

観光客の多い通りを一本外れると、急に静かになる。
洗濯物が風に揺れ、石畳がほんのり湿っている。
その先に、海の気配と、あたたかな灯りが見えた。

海沿いの小さなバール。
看板も控えめで、気づかない人はそのまま通り過ぎてしまいそうだ。
扉を開けると、カウンター越しに軽やかな「Ciao」。

まずはグラスワインを。
この街では、迷わず白。
ミネラル感のある冷えた一杯が、歩き疲れた身体にすっと染み込む。

カウンターには、
バッカラ・マンテカート、
小さなポルペッティ、
イワシのサオール。
どれも気取らないけれど、ヴェネツィアらしい料理ばかり。

「これ、白に合うね」
「うん、泡も欲しくなるけど…今日はあえてこれで」

会話は多くなくてもいい。
グラスを傾け、料理を少しずつ分け合いながら、
路地の奥で過ごす時間そのものを味わう。

外に出ると、すぐそこが海。
水面に映る街の灯りが、ゆらゆらと揺れている。
ゴンドラの音も、もう遠い。

若い頃なら、
もっと賑やかな場所を選んでいたかもしれない。
でも今は、
こうした小さなバールで、
「ちゃんとおいしいもの」を、
「ちゃんと分かる相手」と楽しめることが、何より贅沢だ。

ヴェネツィアの夜は、派手じゃない。
でも、静かで、深くて、忘れがたい。

路地裏の海沿いバールで飲んだ一杯は、
きっとこの旅の中で、
いちばん長く記憶に残る味になる。

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