観光しないローマの一日

― 静かな場所を選ぶ、という贅沢 ―
ローマに着いて数日。
有名な場所は、もう十分に目にしていた。
だからこの日は、「どこへ行くか」よりも
「どう過ごすか」を大切にすることにした。
朝は早めに宿を出る。
向かったのは、トラステヴェレ。
夜の賑わいが嘘のように、街はまだ眠っている。
石畳を掃く音、
遠くで鳴る教会の鐘、
洗濯物がゆっくり揺れる路地。
観光地というより、生活の時間にそっと混ざる感覚だ。
二人とも、この日は軽やかな服装。
動きやすい靴に、身体の線を拾わないトップス。
写真を撮るためじゃなく、歩くための服。
それが、この街にはよく似合う。
小さなバールでコーヒーを一杯。
長居はしない。
それくらいが、ちょうどいい。
午前中の空気を楽しんだあとは、
テヴェレ川を渡ってアヴェンティーノの丘へ向かう。
坂道はあるけれど、不思議と息は切れない。
ここに来ると、ローマの喧騒が一段遠くなる。
オレンジ公園に入ると、視界が一気に開ける。
ローマの街並みを見下ろしながら、
ベンチに腰を下ろす。
何かを話さなくてもいい時間。
「こういう場所、探そうと思わないと来ないね」
「でも来てみると、すごくローマらしい」
観光名所の写真には写らないけれど、
確かに“記憶に残る風景”が、そこにあった。
公園を出てすぐのサンタ・サビーナ教会へ。
扉をくぐると、空気が変わる。
装飾は少なく、光だけが静かに差し込んでいる。
ローマには、豪華な教会が数えきれないほどある。
それでも、この場所が心に残るのは、
余計なものがないからかもしれない。
並んで座り、しばらく黙って過ごす。
マントヴァで感じた静けさが、
ここでも自然につながっていく。
昼過ぎ、再び歩き出す。
ランチは決めていなかったけれど、
通りがかりの小さな店に惹かれて入った。
気取らない料理と、ゆっくりした時間。
午後は、あえて予定を入れない。
歩きたい方向へ、歩く。
疲れたら、立ち止まる。
夕方、再び丘の近くに戻り、
街が少しずつ色を変えていくのを眺める。
ローマは、夕暮れがいちばん優しい。
「今日、どこが一番よかった?」
「決められないね」
それでいいのだと思う。
この日のローマは、
“見た場所”ではなく、
“過ごした時間”として残る。
名所を巡らなくても、
ローマはちゃんと、ローマだった。


