石と川が記憶をつなぐ
― ドルドーニュ地方、心に残る街を巡る ―
サルラ・ラ・カネダを後にして、
私たちの旅はドルドーニュ地方の奥へと進んでいく。
この土地には、
「見逃しても困らない名所」はひとつもない。
ただし、
心に残るかどうかは、
歩く速度と、立ち止まる勇気次第だ。
◆ ラ・ロック・ガジャック
― 川と崖に抱かれた村 ―
ドルドーニュ川沿いに現れる、
崖に張り付くような小さな村。
ラ・ロック・ガジャック。
蜂蜜色の家々と、
静かに流れる川。
観光地ではあるけれど、
朝と夕方は驚くほど静かだ。
川面を渡る風に、
南仏らしい温かさが混じる。
私たちは特別なことをしない。
ただ川を眺め、
石段に腰を下ろす。
「何もしない時間」が、
こんなにも贅沢だと感じたのは、
旅を重ねてきたからかもしれない。

◆ ベナック・エ・カズナック
― 中世が今も息づく場所 ―
丘の上にそびえるベナック城。
その麓に広がる村、
ベナック・エ・カズナック。
ここは百年戦争の時代、
戦略上の要衝だった。
石造りの家並みは、
どこか緊張感を残している。
坂道を登るたび、
息が少し切れる。
でも振り返ると、
ドルドーニュ川が
ゆったりと蛇行する景色が広がる。
「昔の人も、
この景色を見てたんだよね」
歴史は遠いものではなく、
足元に積み重なっているのだと、
ここで実感する。
◆ ドンム
― 空と時間に近い村 ―
“フランスで最も美しい村”のひとつ、
ドンム。
城壁に囲まれたこの村は、
高台にある分、
空が近い。
広場で座っていると、
風の音しか聞こえない瞬間がある。
観光客はいるのに、
不思議と騒がしくない。
私たちは言葉少なに、
同じ景色を見つめる。
共有する沈黙が、
この旅をより深いものにしてくれる。

◆ 20代後半の旅だからこそ
若い頃の旅は、
「たくさん見ること」が目的だった。
でも今は、
「少しだけ深く感じること」に
価値を置いている。
ドルドーニュ地方は、
急かさない。
比べさせない。
ただ、
“そこに在る時間”を差し出してくる。
この二人で歩いたからこそ、
景色は記憶になり、
記憶は物語になった。
次にこの土地を思い出す時、
私たちはきっと、
具体的な建物よりも、
石の感触や、
川の匂い、
静かな午後の空気を思い出すだろう。
ドルドーニュは、
心の奥に、
静かに残る旅だった。

